死体








When the night has come
And the land is dark
And the moon is the only light we'll see
No, I won't be afraid
Oh, I won't be afraid
Just as long as you stand, stand by me
So darling, darling
Stand by me, oh stand by me
Oh stand, stand by me
Stand by me
If the sky, that we look upon
Should tumble and fall
And the mountain should crumble to the sea
I won't cry, I won't cry
No, I won't shed a tear
Just as long as you stand, stand by me
And darling, darling
Stand by me, oh stand by me
Oh stand now, stand by me
Stand by me
So darling, darling
Stand by me, oh stand by me
Oh stand now, stand by me, stand by me
Whenever you're in trouble won't you stand by me
Oh stand by me, oh won't you stand now, stand
Stand by me
Stand by me
Writer(s): Tammy Wynette, Ben King, Mike Stoller, Billy N. Sherrill, Jerry Leiber
Copyright: Imagem Music Us LLC O.B.O. Susan Aberbach Revocable Trust, Cherry Lane Music, Sony/ATV Songs LLC, Parade Music Co.
"現代ボディビル(およびその他現代的ライフスタイルすべて)の父"ジョー・ウィダーの伝記映画『Bigger』を劇場公開しろ
現代のあらゆるアスリートの劇的な運動能力の進化に最も影響を与えた人物は誰か?
映画俳優の誰もが見事な肉体を手に入れることができたのは誰のおかげか?
街中のいたるところにフィットネスジムが建ち、人々が日々通い、鍛え、プロテインシェイクを飲み、フィットネスをライフスタイルの一部として当たり前のように取り入れるようになったのは誰の影響か?
答えはもちろん、アーノルド・シュワルツェネッガーである。
では、そのアーノルド・シュワルツェネッガーにもっとも影響を与えた人物は?
その答えを知らない人も、その名はコンビニで、薬局で、テレビCMで、車内広告で毎日のように目にしていたはずだ。
「 ウィダー」それは森永製菓が米国ウィダー社からライセンスを借りて国内展開している栄養補助食品のブランドである。
今年から森永の独自商品「inゼリー」シリーズからはウィダーブランドの名前は姿を消してしまったが*1、櫻井翔さんの変な顔だけは相変わらず毎日どこかで見る羽目になってしまう。
日本に住んでいるかぎり嵐という奇形とっつぁん坊や集団の影から逃れることはできないのだ。
さて、その大元の「ウィダー」ブランドのファウンダーこそ、"現代ボディビル(およびその他現代的ライフスタイルすべて)の父"ジョー・ウィダーである。

彼がいなければ:
・ボディビルディングというスポーツは一部のオタクだけがやるものだった
・ウェイトトレーニングは体に悪いものとされたままだった
・アメリカ人の9割が肥満体型になっていた
・人々は今のような健康的な食生活を送れていなかった
・アーノルド・シュワルツェネッガーはオーストリアのローカル筋肉自慢のまま一生を終えていた
・ターミネーターもこの世に生まれなかった
・スーパーマンその他のスーパーヒーローたちの標準体型はクリストファー・リーヴ程度のままだった
・ハンヴィーがハマーになることはなかった
・ゴールドジムはベニスの1店舗だけで終わっていた
・修斗もPRIDEもUFCも存在しなかった
・100m走の記録はカール・ルイスで止まっていた
おもに上記のことが考えられる。恐ろしい終末世界である。
今現在私たちが昔と比べてずいぶんマシな暮らしを送ることができているのは、すべて彼のおかげと言っても差し支えない。そのくらい偉いのだ。
そんな偉い人の偉い伝記映画がアメリカで公開された。
その題を『Bigger』という。もっとデカく!
本作はジョーおよび弟のベンのウィダー兄弟の輝かしい軌跡を辿る感動的な実話である(たぶん)
ゴールデンエイジのレジェンドたちも登場し、アーノルドとセルジオ・オリバの伝説の対決も再現されるという。
アーノルド役は、アーノルドの再来とも呼ばれ、マッスルアンドフィットネス誌(これもまたジョー・ウィダーが創刊した世界一のフィットネス・トレーニング雑誌である。つくづく偉い)でもモデルとしておなじみのカラム・フォン・モガー(Calum Von Moger)氏。
そしてオリバ役はなんと本人の実の息子、セルジオ・オリバ・ジュニアだという。あまりにも感動的だ。ストレイトなんとかのアイスキューブじゃないか。
そんな本作は辛口映画評論サイト、ロッテン・トマト(ズ)において批評家採点で20%という驚異的な評価を叩き出してしまっており、日本の映画配給会社に総スカンを食らう可能性が非常に高い。*2
私はマイケル・ベイの傑作ボディビル・クライム・サスペンス・コメディ『ペインアンドゲイン』をビデオスルーした無能たちのことを忘れていない。
俺たちに筋肉の映画を観させろ!
新宿の小規模劇場たちに期待しています。
追記:『暁に祈れ』と『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』の感想
『暁に祈れ』とはタイでタイ捕されて環境劣悪最悪刑務所でムエタイファイターとしてがんばるイギリス人青年の奮闘を描いた作品で、なんと実話原作らしい。
ボーダーライン2を観に行ったときに存在を知ってその日に見たのだが、とにかく刑務所が汚い。奴隷船レベルの半裸超密着川の字就寝シーンなんか見てらんない(劇場が暑くて狭苦しいせいで4DX気分だった)。この映画を観たら絶対にタイでは捕まりタイとは思えない。
内容は『あしたのジョー』的だなと思っていたらかなり『ベスト・キッド』的でもあり(ネタバレ:中盤に先生から教わったトリッキー技をラストに決めて逆転勝ちする)、超怖いタイ人たちが意外といい人だったりと、なかなかいい話であった。あとオンリー・ゴッドの署長が本作では所長として出てきて笑ってしまった。
前作はその年でいちばん面白かった衝撃の激ヤバ映画だが、今作に関しては正統なナンバリング続編というよりはコミカルなスピンオフとして観に行けば過度にがっかりせずに済むと思う。
いや、強いやつが暴れるからとにかく楽しいんだけど、とにかく一作目と同じものを期待してはいけない。
スーパーでわざわざ集団自爆するテロリスト、衛生カメラの解像度、遠距離から連続ヒットするRPG、ラストの衝撃のリクルート。緊張感ほぼゼロの、漫画みたいな映画だった(顔丸出し指突っ込み疑似フルオートについてはあえて言及するまでもない)
もし何か一本だけ映画を見に行こうと思っているなら、これじゃなくてボヘミアン・ラプソディをおすすめします。
最強の国家元首は誰? 答:たぶんネタニヤフです
国家元首――国で一番偉い人のことである。偉いからには(フィジカリーに)強い人がいい。今日は、本当に強い国家元首が誰なのかをここで明らかにしたい。答えはネタニヤフなんだけど。
候補1:ウラジーミル・プーチン

強い大統領といったらまず思い浮かべるのがプーチンだろう。
イメージ戦略としてメディアを通じてフィジカルでバルキーなセクシー写真を定期的に発信しており、御年65歳とは思えぬムチムチぶりは世界中で人気。
柔道家としても有名で、柔道が強いということは即ち喧嘩が強いと言ってしまってよい。柔道は最強だから。ちなみにサンボのほうが得意らしい。サンボが強いということはもう完全にメチャ強いと思って差し支えないだろう。なぜならサンボは柔道より強いから。元KGBだけにヤバい殺人術も心得ていそうで恐ろしい。
とはいえガリ勉のチビなので前蹴り一発でぶっ飛ばせそうでもある。
※2022年2月26日追記:悪辣な独裁者の凶悪性をネットミーム的な茶化しでぼやかそうとする意図はありません。プーチンはカスですし、カスみたいな底辺陰謀論を真に受けてプーチンを擁護する馬鹿もカスですし、戦争反対の意思を表することに対し春厨房みたいな冷笑的俯瞰視点から茶々を入れようとする馬鹿もカスです。少しでいいからマシになれ。
候補2:ハルトマーギーン・バトトルガ
インスタグラムの投稿である。にわかには信じがたいが、モンゴルの現大統領である(右)。
モンゴル相撲が超強いらしく、比較的若いのでたぶんプーチンの3倍くらい強い。同じ東アジア人として心強い。名前もバトルっぽいしいかにも強そうだ。
とはいえ所詮はアマチュアのスポーツマンである。最強の名を冠するにはリアルな戦闘経験に乏しいだろう。
候補3:ラムザン・カディロフ

ロシアの傀儡政権・チェチェン共和国の大統領様である。
反対勢力はバンバン粛清し、街には自分の肖像を貼りまくり、利権を独占し、金に飽かせて海外セレブをツーショット撮るために呼びつけるという絵に描いたような独裁とっつぁん坊やで最悪なのだが、なかなかハードコアでハードボイルドな死線をくぐり抜けているウォリアーでもある。
若い頃から初代大統領の父親のボディガードを務め、幾多もの暗殺未遂をやり過ごしてきた猛者で、ボクシングも強いらしい。↑はもともと彼の公式instagramの投稿写真だが、いまはアカウントごと凍結されている。ベンチプレス何kg挙げる気だ。
プーチンの手下でありながらも上手いこと立ち回って逆に手玉に取っているらしい。バーニング周防社長に対する小泉今日子の立ち位置である。恐ろしい男だ。
でもチビなので前蹴りでぶっ飛ばせそうでもある。
候補4:文在寅

何かと話題に事欠かない韓国の現大統領である。
過激な学生運動で投獄されてそのまま精鋭軍団の特戦司にぶち込まれ、JSAで北朝鮮兵が米兵をナタでぶっ殺した激ヤバインシデント「ポプラ事件」でも事後収集作戦に参加したというなかなかリアルな実戦経験の持ち主。現役時代の写真もやけに強そうだ。
とはいえ40年前の、それも所詮は兵役期間の話なので、最強と呼ぶにはちょっと無理がありそうだ。
最強はネタニヤフ

泣く子も黙る戦争国家イスラエルの泣く子も黙るバリバリ極右の現首相、ベンヤミン・ネタニヤフである。ただいま汚職の廉で起訴待ったなしの大ピンチに見舞われているが、こんなもの彼がくぐり抜けてきた修羅場に比べたら屁のようなものだ。
戦争で樹立され戦争で国土を広げてきたイスラエルの歴代首相は軍人ばかり。ネタニヤフも例に漏れず、SASやデルタフォースなどと並び世界最強の名をほしいままにする特殊部隊、サイェレット・マトカルに所属し、第3・4次中東戦争に従軍。悪名高きパレスチナ系テロリスト「黒い九月」が起こしたハイジャック事件の制圧作戦にも参加し、見事解決に導いたというとんでもないエリート戦士なのだ。
イスラエル軍といえば兵役期間中に全国民が覚えさせられる近接格闘術、クラヴ・マガが有名。老若男女全員ケンカが強い国において、職業軍人の、それも選り抜きの超エリート隊員が体得したクラヴ・マガの練度は想像するのも難しいレベルだろう。絶対に完全にヤバい。絶対にネタニヤフが最強なのだ。
〜私も通っている格闘技ジムにスペインからクラヴ・マガ・マスターが来て1日だけクラヴ・マガ体験ができるというので試しに行ってみたら、体験生の喉にガンガン突きを入れてきて非常にビビった。女性会員もガッツリ喉輪入れられてむせていた。あとスポーツ格闘技のことめちゃくちゃ馬鹿にしてた。キックボクシングなんてオカマのダンスだ、みたいな。〜
そんなマジモンの戦士が首相をやっているのだ。恐ろしい国である。ちなみにネタニヤフ(2期目)の前の前の首相だったエフード・バラクは 同じくサイェレット・マトカルの先輩で、なんと映画『ミュンヘン』(よい映画なので観ましょう)でも描かれた黒い九月への報復作戦で、女装して敵ターゲットに近づき3人暗殺したことがあるというマジで完全にヤバい野郎。つくづくヤバい国である。
※2026年5月1日追記:悪辣な独裁者の凶悪性をネットミーム的な茶化しでぼやかそうとする意図はありません。ネタニヤフもカスですし、カスみたいな底辺陰謀論を真に受けてネタニヤフおよびトランプを擁護する馬鹿もカスですし、戦争反対の意思を表することに対し春厨房みたいな冷笑的俯瞰視点から茶々を入れようとする馬鹿もカスです。少しでいいからマシになれ。
というわけで最強の国家元首はネタニヤフに決まってしまったが、これからそれを超えるかもしれない有望株が何人かいるので紹介したい。
まずはドルジ。

こいつは次のモンゴル大統領の座を狙っているらしいので注目したいところ。腐っても元横綱だし、まだまだ若い。ただこいつが治める国には絶対に住みたくないな。
次に把瑠都。

把瑠都はツヤツヤで最高。なんかのTVドキュメンタリーで、お店でハイボール42杯(マジで42杯)飲んだのにほろ酔い程度だったので、これはとんでもないバケモンだと腰を抜かしてしまった。同番組で将来は故郷エストニアの大統領になると言明していたし、MMAファイターとしても頑張っているので、打倒ネタニヤフ予備軍として期待したい。
最後に、ヴィタリ・クリチコ。

これだけはガチで、彼はたぶんいつかウクライナ大統領になるので、最強の国家元首は彼になってしまう。WBOおよびWBCの元ヘビー級王者で、こないだまでガチンコ絶対王者だったウラジーミル・クリチコのお兄さんだ。喋り方はドランカーそのもの。弟ウラジーミルがジョシュアと戦う前の顔合わせでも、対戦者2人は穏健ムードだったのに、ヴィタリが横から要らない茶々を入れたことでジョシュアと乱闘手前まで行っていた。こんな政治家嫌すぎる。ネタニヤフのクラヴ・マガも、203cmのリーチの前には為す術なし。ジャブで死にます。
機械の天才化が急速に進む昨今、もはや人間の脳は政治を司るにはパワー不足。考えるのは機械がやってくれるのだから、人間に残されるのは筋肉のみ。これからの国際政治は筋肉がカギを握る。筋肉外交の時代がやってくる。
以前、日本共産党の人が街頭演説で言っていたのだが、自民党が格闘家やプロレスラーをやたら擁立していたのは、法案の強行採決の際にサイン台を取り囲んで野党議員を物理的に阻むためらしい。「私は気づいてしまったのです」と言っていたのでそうなのだろう。筋肉内政はすでに始まっていたのだ。日本はすでに筋政(筋肉政治)先進国なのかもしれない。
最後に、小柄な東アジア人でありながらネグロイドとコーカソイドの血を引く大男をねじ伏せた天皇陛下の握力についても考察したいところだったが、元首ではなく象徴なので今回はやめることとした。

Yahuu知恵袋はステマの宝庫? イジメの温床?
仕事中にヤフー知恵袋をサーフィンしていたら、いわゆるステルスマーケティング(ステマ)の現場のようなものを散見したのでちょっと報告します。社会正義のために。
まずこちらは「病気、症状」ジャンルの上位にランクしていたワキガのお悩み相談です(ちなみに私はワキガではありません。脇からは本格インドカレー屋さんの香りがすると評判です)
ID非公開の質問者がデオシリックなる特定の脇塗り薬の名前を挙げて、その効果の程を尋ねています。ここまでは問題なし。

それに対するsarasara_myuuuさんの回答。質問の投稿からものの1分53秒で即答しています。デオシリック、べた褒め。さらに、ID非公開さんのレスポンスはその22秒後。もう怪しいですね。
他の回答も見てみましょう。

shi_a_wa_se_tsukamouさんの回答は、sarasara_myuuuさんの先、質問の56秒後に投稿されていました。デオシリック、べた褒め。それに対するID非公開さんの返信に至っては、16秒後。完全に不自然ですね。

mika_r8mjhflkheさんの回答は、なんと質問の19秒後。新記録。デオシリック、べた褒め。もっと上手くやれ。
それぞれの過去の回答一覧もチェックしてみましょう。


まずはsarasara_myuuuさん。参加日が質問の投稿日と一緒ですね。そして回答は今回のみ。おめえはクロだ。

続いてmika_r8mjhflkheさんは、2016年の6月17日に参加。過去の多くの回答は、「デオシリック」でググるとトップに表示されるランディングページと同じ、ペライチなる無料ウェブサイト作成サービスによってcreatedされた美容グッズ広告のページリンクが付いたブログ記事のURLが貼られています。適当なJ-POPのMVが一緒に埋め込まれているのが共通の特徴。

最後にshi_a_wa_se_tsukamouさん。参加日がmika_r8mjhflkheさんと同じです。おめえら全員アウトだこの野郎。
shi_a_wa_se_tsukamouさんの過去の回答例を見るとこんなものが↓
質問者のページに飛ぶと、この人も業者みたいですが、どうも上記3名とは別の勢力のようです。
ここでもshi_a_wa_se_tsukamouさんは毎度のごとく定型文でアメブロ「オススメピックアップニュース」へと誘導を試みていますが、出遅れて翌日に回答してしまっており、先に回答したgo7angelさんがベストアンサーを獲得しています。
そのgo7angelさんが誘導する自身のブログとやらに飛んでみると、ページ下の「即金投資術/オトクな買いモノ」の文言が香ばしく香る、たったひとつだけのエントリーに様々なうさんくさ美容グッズのリンクを詰め込んだ雑なコテコテアフィブログでした。
雑誌広告が景表法でやりにくくなった現在、ヤフー知恵袋では人知れず日夜コンプレックス商法の熾烈な闘いが繰り広げられているようです。
胡散臭いサイトで胡散臭い商品をつかまされる人には自業自得だこの野郎という気持ちも少しあるのですが、その金が悪い奴らを潤している以上やはり社会的に悪なので、どうにかなってほしいですね。中等教育までの勉強をそれなりにしっかりとやっていれば大方のインチキ商品には騙されないはずなので、学校のお勉強は馬鹿にできたもんではないです。
それと、同じ"コスメ、美容"カテゴリの人気Q&Aランキングを見ると、「顔評価」なる投稿がどうも流行っているようです。
「自分の顔写真載せます。評価お願いします」的な文言といっしょに、正直あまり可愛くない女の子の顔写真が載せられており、回答欄は基本的に「ブス」「恥ずかしくないの?」といった罵詈雑言の嵐。
これどう考えても載せたの本人じゃありませんよね。なりすましアカウントによるイジメの現場ですよね。どっかで拾ったクラスメイトの顔写真を勝手に載せて、馬鹿な知恵袋ユーザーに叩かせて、本人の知らないところで複数人で笑っているんでしょう。
僕が高校生のころも似たようなのがあったので「近頃の中高生のイジメの陰湿化がどうたら」だの言うつもりはないけど、イジメの規模がグローバルになって、それも消えにくくなるのは嫌なことですね。まあ加害者が身バレしたときのダメージもグローバルになるんですけど。じゃあ最初からやるなよな。
僕は高2で身長が17cm伸びたらいじめられなくなりました。顔写真を載せられている子たちの身長も17cm伸びることを願っています……。
言語学的新発見:第一報 〜文末のandの正体、突き止めたり〜
Hello! 私は英語が比較的得意で、大学では「英語音声学」という授業を3年かけてじっくり学んだので発音には自信があります。
「言語学概論」という、チョムスキーの生成文法がメインのとても難しい授業も1年次と4年次の2回に分けてじっくりと取り組んだので、文法も得意です。
2回に分けてじっくり学んだおかげで文法も得意なので、英語文法の新たな考察が途端に降ってきました。以下に説明します。
英語だと最後にandが必要!
文中で3つ以上の事柄を列挙する場合、日本語ではそのまま読点で区切れば大丈夫ですよね。たとえば:
私は、ラーメン、餃子、チャーハンが好きです。
などで通じます。しかし、英語だと、最後に上げる事柄の前に必ずand(/or)が入ります。
and は、2つの項目を挙げる場合には「A and B」と述べられますが、列挙するごとに項目間に挟めばよいというわけではありません。
and は最後に挙げる項目の手前にのみ用い、それまではコンマ(, )を打って「A, B, and C」(A、B、それにC)のような形で列挙します。口述ならわずかに間を置くような感じで述べましょう。
My money is to be split among my wife, children, and nephew.
私のお金は妻、子ども、そして甥に分けられる
例文の訳だと「そして」が入っていますが、まあ訳文ではしばしば原文に合わせて「そして」や「および」が付きますね。でも付けなくてもいいですよね。
最後のandは、領収書の“-”と同じ!
これね、気づいちゃったんですが、たぶんね、偽造防止のためにあるんですよ。
というのはね、領収書書くとき、金額の最後に“-”と書きますね。

これは私がある映像会社に振ってもらった内職で、大量の風俗嬢の顔にフォトショップでひたすらブラーをかけまくったときの報酬です。風俗嬢の顔にブラーをかける依頼があればメッセージください。
金額の数字の末尾に“-”が入っています。これは後で数字を足すことができないように付けられるんですね。
例えば、「13,510円」の領収証の金額欄に「¥13,510.-」と記載されることがよくあります。これが加筆を防ぐ工夫です。頭には「¥」または「金」、末尾は「.-」「-」「円(圓)也」「※」の文字を記載し、頭や末尾に数字を追記できないようにする工夫です。
英文で3つ以上の事柄を列挙する際に最後の事柄の前に付けるandは、この場合の“-”と同じ役割を果たしているのではないかと私は考えるのです。
というのは、たとえば上記の例文を流用すると:
My money is to be split among my wife, children, and nephew.
私のお金は妻、子ども、そして甥に分けられる。
これ、もしandが無かったら、簡単に後から別の相続人を書き足すことができてしまいますよね。
My money is to be split among my wife, children, nephew, Jack Ma.
私のお金は妻、子ども、甥、ジャック・マーに分けられる。
嫌ですね。大富豪にとってケツ拭く紙にもならないはした金、あげても意味がないですからね。もっとこう、いま困ってる人、たとえば高岡蒼佑さんみたいな人に……高岡蒼佑さんになら分けてもいい。
日本語ならS→O→Vと動詞が最後に来るため、この手の偽造は仕組み上不可能ですが、英語だとこれができてしまう。これが遺産相続の遺言状だったら大変です。なけなしの遺産がジャック・マーの手に渡るなんてとんでもない話です。
これが、最後にandを入れるというルールのおかげで不可能となっている。マーにお金が渡らずに済んでいるんです。言語ってよくできてますね。偉い!
と演繹的に核心を突いてしまいましたが、これはあくまで仮説の域を出ません。裏付けとなる文献を見つけたら、ぜひ教えてくださいね。
全部がありえない映画『カンフー・ヨガ』を観よ
飛行機で『カンフーヨガ』観れたので観たんですが、これはすごい。これはすごいのでみんなにも観てほしいです。
中印資本が金に飽かせて見境なくいろいろぶち込んだかんじで、昨今の中国本土の豪華なクソ映画(ごめんなさい)とボリウッド的ノリのすごい組み合わせで馬鹿みたいですごいです。
突っ込みどころが多く、下に挙げるようにいろいろととにかく雑な印象が強いんですが、何より物語のラストがとにかくすさまじく雑で、こんなメチャクチャで全てがどうでもよくなるようなエンディングを、少なことも21世紀の映画では私は他に知らない。
すげえ期待してたのに悲しいほどつまんなかった近作『スキップトレース』の黒幕おじさん(の俳優)も登場するも、途中で忘れられたかのようにパッタリ退場します。
そのほか観てて浮かんだ突っ込みどころとしては、観てもらえばわかると思うんですが、
・あいつとあいつの恋の行方、途中から描かれないのかよ!
・主人公たち、いつ捕らえられたんだよ!
・ツルにぶら下がって助けを求めてたおじさん、結局どうなったんだよ!
・あの時のライオン、後で助けに来てくれるとか無いのかよ!
・結局仏典で叩くのかよ!
・こいつこの一瞬で改心したのかよ!
・で、そのままエンディングかよ!
という感じで、ただのネタバレなので白字で書きますが、クライマックスでいきなりボリウッド的全員ダンスに突入してそのまま終わります。
嘘でしょと思って笑い死にしてしまい謎の爽快感が残ったのでたいへん気持ちいい観賞体験でした。みんなも観ましょう。
『ドリーム』とグーグル翻訳と、俺なりのネオラダイト

#1 扇動編
例のごとく邦題に批判が殺到し、少々ミソがついた形での封切りとなった『ドリーム』(原題:Hidden Figures)
『ヒドゥン・フィギュアズ』では伝わらないし、難しいところだと思うので私には代案がありません。黒人女性トリオのサクセスストーリーとして『ドリームガールズ』にかけたのだとしたらちょっと安直ですね。
ソ連との宇宙開発競争が激化する60年代のNASAで、国家規模のプロジェクトを人知れず支えた「計算者」たちの闘いを描く実話ベースのドラマ映画で、お涙頂戴だと言われたらまあそうかもしれないけど、「やっちまえ!」が10回、「悔しいのう(泣)」が5回、「良かったのう(泣)」が5回で計20回くらいクライマックスが来て非情に感動的でした。
「計算する"もの"」というのが「コンピューター(compute +er)」という語の原義だ。
今はコンピューターといえば機械、"物"のことを指すのが当然のことだが、当時はロケットの周回軌道や着地点などはみな「めっちゃ計算が得意な人」がシコシコ割り出していたので、ここでは計算する"者"、計算者を意味するのだ。
彼女らはとても難しい演算をスラスラやってのけるので、その特技で白人男性たちの鼻を明かしてやる場面が何度も出てきて、見ている側としては大変な快感が得られる。
私は大学入試センター試験の数学Ⅱ・Bがマジで1問も分からなかったので、イチかバチかで分数の空欄に1/2、1/3、2/3、分子が2桁なら左側にマイナス記号を当てずっぽうで入れたところ18点も取れた。NASAもびっくりである。
技術の進歩は諸刃の剣?

さて、ネタバレには気をつけたいのだが、物語の中ごろで"物"のほうのコンピューターがラングレーにやってくる。HALもといIBM 7090だ。
IBMのコンピューターといってもThinkpadなんかではなく、大広間をまるごと占拠するくらいの巨大な金属の箱で、記録媒体は当時の先端技術、磁気テープだ。
とはいえ何やら難しい計算が1秒で何万回だかできるという代物で、こんな頭のいいやつが来たら役目を失う人が当然ながら発生することになる。
本作ではそんな危機もいい感じに乗り切るのだが、こう上手くいくことばかりではないのが世の常。
技術が進歩して、手間が省けた分だけ、それをもともとやっていた人があぶれてしまう。これは有史以来、新たな道具が生まれるたびに繰り返されてきたことだ。
技術の進歩は、必ずしもすべての人を幸せにするとは限らないのだ。
機械に職を奪われたら、どうする?
19世紀初頭、産業革命期のイングランドで、力織機の登場で職を奪われた職人たちが、機械という機械を打ち壊しまくった。ラダイト運動である。
彼らの立場も気持ちも想像はできるけど、現代に生きる我々から見ると、あまりに愚かな行ないに思えてしまう。
なぜなら道具の発展こそ文明の進歩であり、何千年も前から絶え間なく続く技術革新が私たち人類の暮らしをより楽で便利で安全で有意義なものにしてきてくれたことは疑いようのない事実だからだ。
人間は、自分が生まれてからある時点まで存在した技術は当たり前のものとして享受し、それ以降に生み出されたものを「過剰な技術」として毛嫌いするものだとよく言われる。
しかし、力織機がダメなら、針はどうなのか。綿糸を作る糸撚り機はどうなのだろうか。製綿技術も捨てて毛皮でも着るか?
ゴアテックスのレインウェアもアンダーアーマーのコンプレッションシャツも人間の手では作れないし、作ろうとする必要ももはやないのだ。
ハンドメイドのすべてを端から否定するつ折りはさらさらないが、「手作り」である必要が明確にない限り、「作業」は機械がやればいいのだ。
もちろん、誰かの立場を守るためには多少の非効率を肯定することは時に必要かもしれない。でも、長い目で見れば、やがて来るむなしい未来には結局は抗えないのだ。
機械との本当の"闘い"
2045年ごろには、AIは人間のそれを超える知能を手にするであろうと言われている。
すでに現在でも、機械の急速な天才化によって人間の職が多く奪われつつある。先月からSEIYUの会計は一部が機械精算になった。レジ係の人たちはどうなるのだろうか。
そして、それらに対して抵抗する向きがここ20年ほどで発生した。これはネオ・ラダイト運動と呼ばれる。
これも根本は200年前の打ち壊しと同じことだ。
かつて写真屋さんの微妙な手作業に依っていた覆い焼きや焼き込みも、Photoshop(写真屋という言葉そのものだ)ではクリック一発でできるし、ショートカットキーひとつでやり直すこともできる。これは技術の進歩だ。手段の簡略化だ。そこに「撮りたい写真を撮る」という目的は失われていない。人間が人間たるための根幹とも言える「創造性」はまだそこにあるのだ。
ここまでは、機械は「作業」の代替、「道具」の延長でしかなかった。しかし、AIの急速な進化は、人間のアイデンティティの根幹とも言える「創造性」を脅かしている。
「いやいや、どんなに便利な世の中になっても、人間にしかできない「創造的な」ことがたくさんあるでしょ」 我々人間はそう信じたいはずだ。
しかしやがて、それも間もなく、たとえば絵を描くことも、曲を作ることも、人の目を引くグラフィックデザインも、涙腺を刺激するようなストーリーライティングも、機械はできるようになってしまうだろう。
機械が診療し、処方箋を出し、調剤し、薬を販売する。クラウド上のデータベースで何億人もの症例を参照し、誰よりも正確な診断が下せる。心のカウンセリングにしても、人間より口が固いから信用してすべてを打ち明けることができる。
機械が被告人を告発し、弁護し、陪審し、判決を出す。機械の客観性は折り紙付きだし、気の毒な被告人への情状酌量もプログラム済みだ。
機械が政策を決定し、国内外の問題を合理的に解決する。経済にも強く、外交の手腕も巧みで、生長◯の家や神社◯本庁のきしょいロビイングも通じないし、嘘をつかず、賄賂も受け取らず、パワハラもしない。歴史修正もしないし、愚衆に媚びて排他主義を煽ることもない。
そしてやがて、より優れたAIを積むためのハードウェア自体も、機械自身が勝手に開発・改良していくことになるだろう。
"クリエイティブ"な人間にとって不可侵であると信じていたはずの領域にまで、機械はどんどん入り込んでくるのだ。
ラダイト運動やヒッピームーブメントとは話が違う。人間のアイデンティティの最後の砦を揺るがす事態が目前にせまっているのだ。
作業能力も創造性も奪われた人間に、いちばん最後に残るものはなんだろうか。
心?
これもそのうち賢い陽電子頭脳が手にしてしまうだろう。思考回路が人間のニューロン並みに複雑化すれば、そこにゴーストが発生しても何ら不思議ではないはずだ。本当の宇宙時代には、人間であるイライジャ・ベイリはただの足手まといにしかならないかもしれない。
そうなると、元来従えていたはずの道具たちによる本格的なアイデンティティ侵略に対し、人類は圧倒的な差別と暴力をもって生意気な機械の野郎どもを抑えつけようとするだろう。「機械のくせに生意気だ!」「俺の人生がダメなのは機械のせいだ!」今はまだ一部のパーたちだけのものである「排外主義」という病に、人類全員が感染してしまうかもしれないのだ。
まあそれも、人間が強者であるうちの話ではある。スカイネットが出来上がってしまったらもうお手上げだ。
りんたろう監督『メトロポリス』後半の暴動みたいに、すでに感情を持ってしまったロボットをぶっ殺すことなんて私はしたくない。だからその前に、私は私のやり方で機械に対抗したい。俺は俺のやり方で証明。
#2 実践編
私は翻訳者というのがやりたい。今までの仕事でも英↔日の翻訳作業を散発的にやっててけっこう楽しいのだが、1冊の本を訳すというのが、ちょっとやってみたい。
ここで「翻訳者になりたい」ではなく「がやりたい」と書いたのは、完全な専業翻訳者というのは、ある懸案のために、これからの時代かなり難しそうだと考えているからだ。
「Google翻訳」 である。
正直こいつの性能は半端じゃない。複雑な文章だとてんでダメなときもあるが、ときどき驚くほど完璧な訳文を打ち出してくる。それも入力して1秒以内にだ。
訳者の裁量や芸術的手腕があまり必要とされない事務的な翻訳では、多くのプロ訳者が下訳(したやく)としてAI翻訳を利用しているという。
「もっと正確だったら、そのまま完成原稿にできるのに」なんて思うこともあるが、そうしたら翻訳料は私に払われる必要がなくなってしまうな。機織り職人のジレンマがここにも頭をもたげてきた。
Google翻訳はここがすごい!
たとえば、"The necessary degree of influence is..."を翻訳にかけると、0.5秒ほどで「必要な影響力は」と出る。

そのまま"機械的に"訳せば「影響の必要度は」とでもなるだろうところを、「度合い」を表す"degree"を「影響」のほうにくっつけたのだ。こちらのほうが幾分自然な日本語に仕上がっているように思われる。これは数年前と比べたらケタ違いの進歩だ。
これは結局のところ、翻訳という仕事もまた、外国の書物を日本人が読むという「目的」のための「手段」でしかなかったということなのだろう。機械がやってくれれば、ほんやくコンニャクでも発明されれば、そのほうが楽で便利で、きっとより多くの人が幸せになれるのだ。
Google翻訳の弱点を突く!
とはいえ、俺は訳したい。なのでこれにレジストしたい。機械と俺の全面戦争を始めたい。
Google翻訳には修正提案機能なるものがある。

不正確だったり不自然だったりする翻訳結果に、修正案を送信することができるのだ。これを元にGoogle翻訳はより正確で自然な翻訳結果をぶち出せるよう日夜成長を続けているのである。
毎日万単位の翻訳者がプロフェッショナルによるプロフェッショナルな翻訳のヒントをこの憎きAIにまんまと教授してしまっているのだから、彼奴の目覚ましい進歩も頷けるというものだ。おい、それでいいのか! お前らそのうちこいつに職奪われるんだぞ!
この機能は、我々が唯一、Google翻訳の機能に影響を与えることのできる穴でもある。私はここを攻めようと思う。
方法は簡単、変な修正案を送りまくるのだ。

英文のサンプルとして思いついたのがキング牧師のスピーチだったので入れてみた。ちゃんと読んだら涙が出てきた。この時点で訳文がなんか変なのでサンプルとして微妙だったかもしれないが、これをたくさん「修正」してあげるとしよう。

まずはジジイ口調だ。老人語というのは少なくとも江戸時代後期あたりから創作物中のジジイの口調の記号として存在するそうだ。これを続ければいつか翻訳結果にジジイ語が交じる日が来るかもしれんぞい。

次はニコチャン弁だ*1。大友克洋先生は過去にニコちゃん大王の解剖図を勝手に考えて商業誌に載せたことがあり、そのほかにも事あるごとに鳥山明先生にモーションをかけてきた。第?次大友ブームのとき(GENGA展のとき)に大友先生と江口寿史と寺田克也と中川いさみ先生で酒を飲みながら喋るユーストリームが配信されたので、私はひたすら「鳥山明」とコメントし続けて、そのたびに大友先生が「あ……」「ねえ、鳥……」「あ、鳥山明って……」と鳥山先生の話を始めたがっていたのにみんな無視して別の話を続けて、しばらくして大友先生が「ねえ、鳥山明ってあるけど!」といった際に江口寿史が「俺、鳥山さんとは同い年だけど、漫画家としては1年先輩なんだよね。でさあ……」と意味のないエピソードを披露してからすぐ別の話を始めてしまい(たしか江川達也の悪口)、鳥山先生の話が終わってしまった。大友先生はもっと鳥山先生の話がしたかったようで、寂しそうな顔をしていた。大友克洋先生は鳥山明先生と仲良くなりたかったのだ。これは世界で、チタマで私だけが把握している事実である。今年の初めごろにアキラ時代の3代目アシスタント、高畠聡さんのトークショーに出席した際に、かつての吉祥寺の作業部屋にDr.スランプのコミックスが置いてあったとの証言があった。高畠氏も「大友さんもアラレちゃん読むんだなーと思った」としか言っておらず、アシスタントですら大友先生の熱い思いには気づいていなかったようである。これは恋であり、愛であり、フィリアでありエロースでなのだ。AKIRAは黒澤明ではなく鳥山明なのだ。これは私だけが気づいている。

これは学者口調であ〜る・ダニ〜ル。チチはずっと悟飯を学者にしようとしていて、悟飯もずっと学者になりたがっていて、漫画の最終回でついに学者になれけど、いったい何の学者になったのかは誰も知らない。長方形のメガネを掛けて何かの本を読んでいるだけで学者を名乗るな! ちゃんと「であ〜る」って言え!

最後に、すべての文末にウンチをつけました。汚くてごめんなさい。うんちという言葉が大好きなんです。私は自分の尻に合わないサドルに乗り続けたせいで、学生のころ陰部神経痛という病に倒れてしまい、うんちを漏らしやすい体になってしまったと思っていたんですが(いつか詳しいお話を書きます)、そういえばその前からよく漏らしていたので他に原因がありそうです。ギリギリまで我慢してしまう癖がいけないのかもしれません。
以上、こうした地道なヴァンダリズムが着実に文明の進歩を食い止め、われわれ人類の雇用を守ることに繋がるのである。
私は時代に逆行する反知性主義者だろうか?
そうかもしれないが、でも、しかし……
手塚治虫や小松崎茂が半世紀前に思い描いた空中ハイウェイや空飛ぶ自家用車なんてもう半世紀くらいは実現しそうにないし、宇宙旅行や時間航行なんて夢のまた夢だけど、そのころ誰も想像しえなかったような、当時のハイエンド機の何億倍も高性能なコンピュータがほとんどの国民の携帯電話に納まっている現在、機械の天才化はもう歯止めが利かなくなりつつあるのだ。
その結果できたのがアトムならいいけど、ミッチィだったら悲劇だぞ。

今、この瞬間に、ウンチをすべての文末に付けた修正案をGoogleに送らなければ、取り返しのつかないことになってしまうのだ。
そう、今すぐGoogleにウンチを送るのだ!
Googleにウンチを送れ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

※一部の職種を作業呼ばわりして偉そうなことを言っているようですが、すべての人間の生産的な営みが「作業」として取って代わられかねないという漠とした恐怖を冗談を交えて表したものであって、どの仕事が偉いとかすごいとかの話ではないし、手作りの織物のすべてを無価値とするものでもないし、集団ヒステリーを煽るつもりもありません。Google翻訳に変な言葉を送るという冗談(思いついたときはおもしろいと思った)を引っ張り出すための前置きなので真に受けないでください。Google、ごめんなさい。
日本でいちばん使われている挨拶「スー」について
最近気づいたのだが、私は仕事などで「はい」と返事をすべき場面でいつも「アイー」や「オイー」と言っていた。ずっと。
挨拶はコミュニケーションの、人間関係の基本だ。
朝会ったら「おはようございます」、昼は「こんにちは」、夜は「こんばんは」、寝るときは「おやすみなさい」。職場や学校では会ったり別れたりするたび「おつかれさまです」が乱発されている(何に疲れてるの?)。
この中で一番使われるのはどれだろうか。人と会うのは多くが日中だから「こんにちは」? いつでも使える「おつかれさまです」?
答えはどれでもない。「スー」だ。
「スー」は無声歯茎摩擦音。声帯を震わさずに舌と歯茎の間に息を通す。公の場では使われないが、おもにトイレや休憩室、喫煙室などで誰かと出くわした際、かしこまって「こんにちは」「おつかれさまです」と言うほどでもない場面に必ず使われる非公式の挨拶だ。信頼できる筋の統計によれば、日本でいちばん使われている挨拶は「スー」だという。
では「スー」とは何か。ここに3つの仮説を立てる。
1. ウッスの「スー」
2. こんちわっすの「スー」
3. Tschüssの「スー」
1. ウッスの「スー」
ウッスはオッス。オッスは押忍。押忍は京都の旧武専(かつて講道館と柔道界を二分した西の雄、武徳会が運営していた「武道専門学校」。戦後、規模があまりに大きかったため危険視され、GHQにより解体。生き残った講道館は講道館中心の柔道史を記し、その他の伝統をなきものとした。勝てば官軍とはこのことである。詳しくは『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(増田俊也/新潮社)『性と柔: 女子柔道史から問う』(溝口紀子/河出書房新社)を参照のこと)の生徒のあいだで「おはようございます」が「おはよーっす」となり、「おわーす」「おす」と変化していったものだそうだ。*1
漫画『はだしのゲン』では戦中の時点で学徒の間ですでに「オース」「メース」「サース」という変化球まで登場していた描写がある。小学生のころ、「『サース』は『挿す』だ! これは下ネタだ!」と盛り上がったことがある。
ウッスは体育会系の男性は100%使うライトな挨拶だ。「ウッスー」「ッスー」から「スー」である。「こんにちは」「おつかれさまです」どころか、かしこまって「ウッス」と言うまでもないトイレや休憩室において、人は「スー」と言うのだ。
2. こんちわっすの「スー」
こんちわっすは「こんちは(こんにちは)」+「ッス」。「ッス」は助動詞「です」だ。「こんにちはです」などという日本語は存在しないが、「ッス」は体育会系の男性なら100%が使う「敬語」であるため、こうなるのである。「こんちわっす」「ちわっす」「ちゃっす」「ちゃす」から派生したのが「スー」である。
3. Tschüssの「スー」
これはドイツ語の別れの挨拶で「チュース」と読む。「それじゃ」「そんじゃ」「んじゃ」「じゃ」くらいの軽い言葉だ。トイレや休息室での一瞬の邂逅は、同時に一瞬の別れでもある。とすれば「Tschüss」が「スー」となったとしても不思議ではない。信頼できる筋の情報によれば、戦前に同盟国のドイツに実技研修に行った旧帝国海軍の将校のあいだで、またはドイツ語由来のタームを多用する医学部の学生のあいだで定着した「Tschüss」が、やがて「スー」に変わっていったという。
1と2に関しては、語源が「おはよーっす」と「こんちわっす」とほぼ一緒なので同一のものと考えることができる。とすると「(おはようorこんにちは)+っす」か「Tschüss」の二者択一となる。
果たしてどちらが「スー」の正体なのか。調査の続報を待たれたい。