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日本でいちばん使われている挨拶「スー」について

 最近気づいたのだが、私は仕事などで「はい」と返事をすべき場面でいつも「アイー」や「オイー」と言っていた。ずっと。

挨拶はコミュニケーションの、人間関係の基本だ。

朝会ったら「おはようございます」、昼は「こんにちは」、夜は「こんばんは」、寝るときは「おやすみなさい」。職場や学校では会ったり別れたりするたび「おつかれさまです」が乱発されている(何に疲れてるの?)。

この中で一番使われるのはどれだろうか。人と会うのは多くが日中だから「こんにちは」? いつでも使える「おつかれさまです」?

 

答えはどれでもない。「スー」だ。

「スー」は無声歯茎摩擦音。声帯を震わさずに舌と歯茎の間に息を通す。公の場では使われないが、おもにトイレや休憩室、喫煙室などで誰かと出くわした際、かしこまって「こんにちは」「おつかれさまです」と言うほどでもない場面に必ず使われる非公式の挨拶だ。信頼できる筋の統計によれば、日本でいちばん使われている挨拶は「スー」だという。

では「スー」とは何か。ここに3つの仮説を立てる。

 

1. ウッスの「スー」

2. こんちわっすの「スー」

3. Tschüssの「スー」

 

1. ウッスの「スー」

ウッスはオッス。オッスは押忍。押忍は京都の旧武専(かつて講道館と柔道界を二分した西の雄、武徳会が運営していた「武道専門学校」。戦後、規模があまりに大きかったため危険視され、GHQにより解体。生き残った講道館講道館中心の柔道史を記し、その他の伝統をなきものとした。勝てば官軍とはこのことである。詳しくは『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(増田俊也/新潮社)『性と柔: 女子柔道史から問う』(溝口紀子河出書房新社)を参照のこと)の生徒のあいだで「おはようございます」が「おはよーっす」となり、「おわーす」「おす」と変化していったものだそうだ。*1

漫画『はだしのゲン』では戦中の時点で学徒の間ですでに「オース」「メース」「サース」という変化球まで登場していた描写がある。小学生のころ、「『サース』は『挿す』だ! これは下ネタだ!」と盛り上がったことがある。

ウッスは体育会系の男性は100%使うライトな挨拶だ。「ウッスー」「ッスー」から「スー」である。「こんにちは」「おつかれさまです」どころか、かしこまって「ウッス」と言うまでもないトイレや休憩室において、人は「スー」と言うのだ。

 

2. こんちわっすの「スー」

こんちわっすは「こんちは(こんにちは)」+「ッス」。「ッス」は助動詞「です」だ。「こんにちはです」などという日本語は存在しないが、「ッス」は体育会系の男性なら100%が使う「敬語」であるため、こうなるのである。「こんちわっす」「ちわっす」「ちゃっす」「ちゃす」から派生したのが「スー」である。

 

3. Tschüssの「スー」

これはドイツ語の別れの挨拶で「チュース」と読む。「それじゃ」「そんじゃ」「んじゃ」「じゃ」くらいの軽い言葉だ。トイレや休息室での一瞬の邂逅は、同時に一瞬の別れでもある。とすれば「Tschüss」が「スー」となったとしても不思議ではない。信頼できる筋の情報によれば、戦前に同盟国のドイツに実技研修に行った旧帝国海軍の将校のあいだで、またはドイツ語由来のタームを多用する医学部の学生のあいだで定着した「Tschüss」が、やがて「スー」に変わっていったという。

 

に関しては、語源が「おはよーっす」と「こんちわっす」とほぼ一緒なので同一のものと考えることができる。とすると「(おはようorこんにちは)+っす」か「Tschüss」の二者択一となる。

 

果たしてどちらが「スー」の正体なのか。調査の続報を待たれたい。